全作品解説
二階堂CM全作品解説

今までに放映された二階堂CMの全作品を、全セリフつきで掲載します。セリフを見たい人は、 タイトルをクリックしてくださいね。
面白いのが、1991年以降に見られる、「白文字のワンポイント的な字幕が宣伝のエッセンスを伝える」というパターンの 定着化。これを見るだけで、いろいろなことが想像されてくるものですね。

※CMのロケ地に関しては、二階堂 酒造さんによるCM紹介のページにすべて掲載されておりますので、そちらをご覧ください。)

タイトル放映年受賞した賞コマーシャルの概要
「自然」篇1987年第28回 ACC地域CM部門優秀賞雄大な自然を思いきりでかく映したあと、 自動車が行きかう忙しそうな夕暮れの街に画面が切り替わる。「自然も、街も、人も、みんなゆっくり…」のせりふが しみじみとした響きを持って感じられてくる。
主な字幕:「いつ、来れますか……。」「いつ、逢えますか……。」「いつ、話せますか……。」「自然も、街も、人も、みんなゆっくり…」
「水の旅」篇1988年第29回 ACC賞 地域CM部門優秀賞山に浮かぶ霧から始まって、小川、滝と、壮大なる水の旅を表し、「水はおいしく磨かれていく」という台詞が入る。キラリと光る麦のシルエットもGOOD。字幕は特になし。
「街の夢」篇1989年なし商品のビンが、森をバックに、大都市のビルをバックに、猛スピードで飛んでゆく。そして長旅の最後、早回しに映される街の夕暮れ(with 日没)を バックにぴたりととまる。このリズム感が何ともいえずよい。字幕は特になし。
「刻のオブジェ」篇1990年第31回 ACC賞 地域CM部門奨励賞海辺に佇む若い男性と、砂浜に落ちている古びた時計が映る。この男性が、海から帰ってくる魚を待って一杯飲む、という内容のナレーション。字幕は特になし。
「森のオルガン」篇1991年第32回 ACC賞 地域CM部門優秀賞、第31回 福岡広告協会賞銀賞寂幕な森の中に佇むオルガンと木の机が映り、そして物悲しい三拍子のBGMが流れる。鳥たちはここで飛ぶことを学び、風は歌うことを覚えた、の台詞が印象的。
これ以後このコマーシャルの 定番となる、白文字の字幕がスタート。「人は誰も ここにくるたび不思議な力を思い出す」「ここで生まれてここにいる」の二つ。
「私の道」篇1992年第33回 ACC賞 地域CM部門優秀賞線路が映り、そしてすぐさま夜行列車の画面に切り替わる。この瞬間、ホ短調のBGMで四度上の和音(「ラドミ」、ね)が響くのだが、それと、夜行列車の汽笛 の「ド ラ」の響きが偶然だろうか絶妙のハーモニーを生んでいて秀逸。中間部に登場する、赤と黒の傘の舞いも印象的。後半で映るのは海、そして部屋に無造作に転がるビン…。
白文字の字幕:「風のみちが私のみち」
「文士」篇1993年第34回 ACC賞 地域CM部門奨励賞文筆家、坂口安吾の写真が登場する(勿論白黒)。「いたずらがんこに、生きていく」という台詞が暗示するかのような、芯の強い顔をした彼が、 実にいい味出しているといえよう。
白文字の字幕:「誰にも似ていない、誰にもたどれない。」
「風の棲む町」篇1994年第35回 ACC賞 地域CM部門秀作賞大きく映る坂を、かざぐるまを持って軽やかに走る子供。紙飛行機。温泉の湯煙。そして透きとおった神々しいコーラス。町の景観がいかにも風を連想させる大傑作である。ずばり、二階堂CM の中で私が一番気に入っているものはコレ♪
白文字の字幕:「風を操るのは誰だろう。」
「天文詩人」篇1995年なし天文台とそこから見える満天の星、および人のいない古めかしい建物―――小学校。詩的な世界がそこにある。
白文字の字幕:「私のふるさとはこの星です。」
「シネマグラス」篇1996年第37回 ACC賞 地域CM部門ACC賞今にも崩れ落ちそうな朽ち果てた小さな映画館、それに入り一人で映画に見入る若い男性…思い出に浸っているのだろうか? 
白文字の字幕:「帰るべき刻と たどり着く夢…」
「木登り」篇1997年なし白いドレスの女性が大きな木にのぼり始め、葉っぱの寝床でちょいと一杯、という、今までとは少し趣向を変えたコマーシャル。ナレーションも女性(因みにこの年以外はすべて男性)。「グラスに映るのは、本当の私です」の台詞が 決め手。
白文字の字幕:「心のふるさとにお帰りなさい。」
「刻の迷路」篇1998年第39回 ACC賞 TV-CM部門ACC賞古い街並みや、一人遊びをする子供たちの描写など、映像の配置が素晴らしい。これも傑作といえる。(特に、忍者の格好をしておもちゃの刀を構える子供が面白い。(笑)) 最後に出てくる古本屋で主人公が本に挟まった映画の チケット(?)に見入っているところなどは、やっぱりこのCMなんだなぁと感心する。(あと、そのチケットを見入るシーンで何気なく視界に入る本が 石川達三の「青春の蹉跌」なのが、心憎い演出といえよう。) 
個人的には、94年版「風が棲む町」の次に気に入っているCMである。
文字の字幕:「置き去りにされた 刻の迷路…」
「旅人の車窓」篇1999年なしチョコレート色のこれまた古めかしい列車(因みにJR小野田線らしい)で旅する夫婦。埃っぽい列車に差し込んでくる陽光が特に絶妙。
白文字の字幕:「たどるのは風の道 誘うのは刻の余韻」
「風の海峡」篇2000年なし郷愁に彩られた海峡と、変ホ短調BGMの重々しさがマッチしていて心地よい。黄昏時の建物で逢った男女が海峡で別れていく時に映る女性のシルエットなど、この物悲しさ、切なさが心を打つ。
これも、94年版「風が棲む町」に続いて私が好きなCMだ。
白文字の字幕:「海峡は―――夢の足跡でいっぱいでした。」
「雨宿り」篇2001年なしコートを着た男が、一人雨宿りをしている。雨の醸成したる薄暗さの中に佇んでいると、ふと彼の脳裏によぎったのは、昔の想い出。―――雨に濡れたる女学生の姿だった…。 雨に浮かびたるしっとりとした想い出と、雨上がりの爽やかな透明感との対比が見事。
白文字の字幕:「雨が連れてきた想いは、どこへ流れていくのだろう。」
「父」篇2002年「Brand of the year 2003 消費 者が選んだ今年のCM好感度ベスト1000銘柄」入賞(988位) 「父親」という、かなり具体的にぐっと迫ってくるようなモチーフが 特徴的。(だが一方で、謎めいたセリフがさまざまな憶測を可能にしている。)  主人公は、成長した今の自分を知ることなくして亡くなってしまったであろう父親と、 まさに今、遥かなる時空を超えてすれ違う…。ノスタルジア溢れるセピア色の景観は勿論健在である。
白文字の字幕:「私の知らない父と 父の知らない私が 坂の途中ですれ違う。」
「遠い憧れ」篇2003年第43回福岡広告協 会賞TVCM(16秒以上)部門銅賞 バレエ教室の美しい少女を、外から眺めている少年。…そう、誰もが一度は経験したことがあるだろう、 幼いころの甘酸っぱい初恋である。場末の小さな店で、そんな思い出を肴にちょいと一杯呑んでいる、 男の背中。何だか文学的な薫りもする不思議な一品だ。
白文字の字幕:「囁きかけるのは、遠き日の憧れか…」
「詩人の島」篇2004年第44回福岡広告協 会賞TVCM(16秒以上)部門銀賞 洋上にぽつんと浮かんだ小さな島で、今日も、その男は一人ぼっちで気ままに暮らしている。海と空に心 を洗われ、無限の宇宙に想いを馳せながら…。孤独なる隠遁者という点ではシャミ ッソー著「影をなくした男」と同じようなモチーフだが、暗さよりも、すっきりとした後味が 残る。なお、放映開始数ヶ月後、BGMが変更になっている。
白文字の字幕:「きのう見た波は、いつかここに還ってくる。」
「砂丘の図書館」篇2005年なし 想い出や郷愁を語るというところでは今までのCMと共通しているが、演出 のシュールさが特筆すべき点。砂丘に積み上げられた子供時代の思い出の 品の数々から、懐かしさに浸るというよりも、懐かしさの混沌の中へと引 き込まれるような錯覚を覚える。迷いながら、悩みながら、現在を懐かし さの混沌の彼方へと置き去りにしていく人々の魂の叫びこそが、白文 字の字幕に記されているのかもしれない。
なお、作中で 朗読されている詩は、「風とらんぷ」という詩集からとった、「空のディレ クターたち」という詩だそう。(ここに全文を掲載しておきます)
白文字の字幕:「人生に、答えは必要ですか」
「未知の力」篇2006年なし まさに初期の二階堂CMに回帰したかのような、“水の旅”の性格を帯びたCMといえるかも。ダ ム、水道橋、虹色に彩られたコンクリートを流れゆく水。そして、仄暗いプール に一人佇む神秘的な少女。想い出か、憧れか。めぐりゆく水の旅に、めぐりゆく人生を映し出 し、そして自らを見つめなおす…。
白文字の字幕:「そこから 未知の力が 湧き出している。」
「文字のかけら」篇2007年なし タイトルのとおり、文字をふんだんに使った演出が特徴的なCM。今までは風景やオブジェが主だ ったため、それだけ斬新である。心の中に生き続ける想い出のかけらたち、もう目に見えるかたち(文字)には しておきたくないのだ。ずっと、ずっと、自分の心の中だけのもの。そう、大切なことは目に 見えないのである。(by アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ)
なお私には、冒頭の「イエスとノー」の言葉が、とても官能的に響いて、英語なのにフランス語のようにも聴こ えた。学生の頃観た白黒のフランス映画をふっと想い出したのだった(笑)。あ、念のため、私は英語嫌いでもなんでもないです。(^-^;)
白文字の字幕:「時代という言葉が 少し耳ざわりです。」
「消えた足跡」篇2008年なし 今までと比較して登場人物が多い。修行僧、アイスクリーム屋(?)、そして、主人公の幼馴染や家族ら しき面々。若き日に郷里を後にした主人公が郷里に帰って見たものは、変わらないところと、変わったとこ ろ両方なのだろうか。昔と変わらぬ面影を残した小路、潮の流れに飲み込まれた小路。時の流れは常に二面性を持ちつ つ、想い出や後悔もろとも、人々を飲み込んでいく。
白文字の字幕:「一生に何回 後悔できるだろう。」
「大地のささやき」篇2009年なし 大自然に生きる静かなる求道者を描いた点では、ある意味「詩人の島」篇と共通している。遥かなる時空を超えて語りかけてくる宝石たちに囲まれ、ひっそりと、しかし着実に、旅人は今日も我が道を踏みしめてゆくのだ。それがたとえ、終わりのない旅だとわかっていても。なお、2010年4月頃より放送を休止中で、代わりに「消えた足跡」篇が放映されている。CMの映像に関して視聴者からの指摘があったため自主的に休止とした、とのこと。
白文字の字幕:「未完成のまま 生きていく。」
「空に憧れた日々」篇2010年なし 船や海がキーポイントという点で00年の「風の海峡」篇と類似するが、こちらは風の海峡篇よりも「別れ」を強調している印象。進学のため親元を離れる人や、向こう岸の家へもらわれていく人など、様々な人たちが思い思いに別れを告げる。そして海はいつもその変わらぬ姿で、粛々と彼ら/彼女らを送りゆくのだ。別れの寂しさを堪えたいとき、人は敢えて振り返らず生きていくのかもしれないが、どんなに振り返るまいとしていても、ときには振り返るものなのだろう。そして、それでよいのだろう。(「はしだのりひことシューベルツ」が歌っている「風」という歌にも、似たような記述があったような。(笑))
白文字の字幕:「続きのない夢は、また僕をひとりにする。」
「黄昏の想い出」篇2011年なし 震災に伴い、CMの内容を考慮して再作成されたCM。放映期間は2011年4月〜10月初旬。
今までに撮影されたシーンを再編集して作成されたものであるため、これまでに見かけた(ような)シーンが散在。そういう意味では、一回の視聴で数回分の二階堂CMを味わえる、隠れた名作というべきか。(笑) 各シーンの繋がり、ストーリー性はそれほど強くなくいものの、白文字の字幕には、恐らく震災を考慮したのであろう、強いメッセージ性がある。
白文字の字幕:「望むから、希望になる。」
「ふりかえると明日(あした)」篇2011年なし 学校という場所に特化したストーリー仕立て。同窓会の会場かと思われるシーンもあるが、基本的に学校内のシーンが多く使われている。「懐かしいけど実際に戻りたくはない、思い出は思い出のままであってほしいものなんだ」ということを再認識させるという、ある意味明確なメッセージ性を持ったCMと言えるかも。幾通りもの意味に取れるような言い回しや、シュールな映像表現などは使わず、ど真ん中へ直球、といったところ。
あと、これまでのCMに見られなかった点がある。それは、最後の決まり文句「大分むぎ焼酎、二階堂」のあとに、余韻のカットがあること。「・・・・・・」の白文字字幕とともに、電車が発車するシーンがそれ。ここ数年のCMの定石?からすると意表を突かれ、はっとするものがある。なお、白文字の字幕の総数も4つと多い。
白文字の字幕:
「はじめまして・・」
明日を夢見た場所。未来を語った時間。
「ありがとう・・」
「・・・・・・」
「昭和の母」篇2012年なし ちょうど10年前にはズバリ「父」篇だったが、今度は「母」である。せりふから察するに、主人公の母はもうこの世にはいないのであろう。「父」篇のときよりも、主人公のために身を粉にして働く姿に焦点が置かれており、それがまた美しくも切ない。幼いころ乗ったあの観覧車にもう一度乗ったら、ひょっとすると、どこかに姿が見えないだろうか。
なお、最後の決め台詞「大分むぎ焼酎、二階堂。」の直後も、短時間ながら映像が続く(ぜんまい時計を巻くシーン)。これは「ふりかえると明日(あした)」篇でもそうだった。定番化なるか?
白文字の字幕:人には、大きな心残りがひとつあります。
「心を刻む線」篇2013年なし 2011年版と同じく学校生活が舞台だが、タイトルのとおり、「書く」ということが主役。昔ながらの文房具屋さんの店先、短くなるまで使いこんだ鉛筆などが、走馬灯のように駆け巡る。そういえばあの頃は、気ままに、無邪気に、好きな未来を書(描)いたものだ…。
今までのCMに比してやや異色なのはBGMであり、長調で爽やかな印象。白文字の字幕は一つだけ、最後の伸ばしは特になしで定番化ならず。
白文字の字幕:明日はいつも明るく、未来はまだ眩しかった。
「心をつなぐ-春夏-」篇2014年なし 森の中で、一人で淡々と食事の準備をする男性。そう、今日は久しぶりに旧友と会う日だ。玄関からピンポーンの音が聞こえた。「やあ、よく来たね!今日はゆっくりしよう」。
ストーリーとしてはこのように「懐かしさ」を前面に押し出しているのだが、今までのCMとは異なる点が多い。(大広株式会社様によると、スポーツ番組等の枠で流すために製作された、いわば特別なバージョンとのこと。) まず、主人公の男性の顔がはっきり拝見できる。そして、全体的に映像が明るく、爽やかな印象。いい意味での「暗さ」があまりない。今までのCMの路線が好きだったのに...という人もいるかもしれないが、たまにはこのような路線変更があってもよいかも。そういえば、1997年は何と女性が主人公だったこともあるし。また女性を主人公にするなら、今度はどんなCMになるか楽しみなところ。(笑) なお、白文字の字幕は特にひねりがなく、「飲みたい人は、会いたい人です」という台詞とほぼ同タイミングで表示。
白文字の字幕:飲みたい人は、会いたい人。
「心をつなぐ-秋冬-」篇2014年なし このCMに先立つ春夏篇(上記)で「女性が主人公なら...」と書いていたら、まさにその通りとなった。(笑) CM製作者のかたがこのサイトを意識してくださったのだろうか?...そんなことはないか。
前回同様、スポーツ番組などで放送する特別バージョン。映像は暗めだが音楽は明るく爽やかで、ミスマッチかと思いきやしっくり来る。日が短くなってくる季節を感じさせる、粋な演出。
そして主人公は女性、いわゆる「女子会」をこれから開くのだろう。「和テイスト」の内装や小物がいい味出しており、そして女性の表情の明るさ、屈託のない笑顔がいい。白文字字幕は、同様に特にひねりがなく、「飲みたい人、それは、会いたい人です」とほぼ同タイミング。
白文字の字幕:飲みたい人は、会いたい人。
「夢で逢いましょう」篇2014年なし 冒頭からどきっとさせてくれる。男性と女性がすれ違いざまに、ちょっと気まずそうに振る舞う。一瞬のうちに、涌き上がり、交錯する、それぞれの想い。
たくさんの想い出はあれど、別の道を歩むことにした二人。その後新しい人と共に暮らしても、あの日の想いは、消えることはない。胸にしまっておこうと思っても、ときどき...。
シンプルなBGMは、そんな想いを、ぽつり、ぽつりと語り始めるさまを思わせる。映像と音楽が実によくマッチしていると思う。
個人的には、ここ10年ほどで、一番じーんと来た作品。因みに全作品中で私がベストと思っているのは1994年「風の棲む町」篇、これを超えるものを待っています!☆
白文字の字幕:一歩進むと一歩遠ざかり、あの日がよみがえる。
「孤独の風」篇2015年なし モチーフがはっきりしている。縦糸がタイトル通り孤独、そして横糸が描くという行為。孤独の言葉通り登場人物はただ1人、年配の男性。顔がはっきり映る。鬱蒼とした森などの描写は、ロシア的な雰囲気を感じさせる。人はみな、孤独のなかでも、いつしか人との繋がりを求め、何かを残したいと考えるものだ…。思わずしんみりせざるをえない。なお白文字の字幕は、CMのコンセプトに沿っていながらもすっきりした印象を受ける。何だか、暗いようで、明るいのだから不思議。(笑)
白文字の字幕:完成もなければ、後悔もない。ただ、描き続ける。
「還っていく夢」篇2016年なし 冒頭から、様々な動く人形たちが登場。少年時代の、揺らめく繊細な心を表しているのだろうか。BGMを奏でているポルトガルギター&マンドリンのデュオ「マリオネット」とかけているのかもしれない。最後から2番目のシーンでは、掛け時計の音とともに人形はすっと消えゆく。何だかどきっとさせる。そして最後のシーンで漸く、帽子とコートの男が登場。路線としては、1992年版「私の道」篇に近いかも。昔からの路線を踏襲する年もあれば新たな境地を切り開き驚かせてくれる年もあって、このバランス感が個人的には好きだし、製作スタッフの皆様にはただただ感謝。なお、商品紹介のCMだけでなく企業紹介のCMも同時公開されており、人形の種類が異なったり帽子コートの男が登場しないなど若干の差異がある。
マリオネットは、ここ3年連続でBGMを奏でており、定着なるか? 動く人形たちは、前田昌良さんによる製作であり、単行本が購入できる。(2016/12現在)
白文字の字幕:心の中で吹く風は、私をあの日へと連れて行く。


<全セリフの解説>

「自然」篇(1987)
セリフ
いつ、来れますか…?
いつ、逢えますか…?
いつ、話せますか…?
自然も、街も、人も、みんな、ゆっくり、もっと、ゆっくり…。
大分むぎ焼酎、二階堂。

「水の旅」篇(1988)
セリフ
人知れず、彷徨いながら、たゆたいながら、水は、おいしく磨かれていく。
大分の、おいしい水と出会って、私は麦だけの焼酎になる。
大分むぎ焼酎、二階堂。

「街の夢」篇(1989)
セリフ
風の気持ちも、光の想いも、知っている。 すべてが隙間なく、 私の心に重なり合う。
街は今日も、ふるさとの夢を見ているのか…?
麦100%が、原点。大分むぎ焼酎、二階堂。

「刻のオブジェ」篇(1990)
セリフ
海から抜け出した魚たちが、今夜帰ってくる。
大地の上で、彼らは一体、どんな夢を見たのだろう。
聞こえてくるのは、魚たちの夢の話。彼らの夢を肴(さかな)に、今夜も…。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「森のオルガン」篇(1991)
セリフ
この星が生まれたばかりの頃、鳥たちはここで翔ぶことを学び、風は歌うことを学んだ。
ここで生まれて、ここにいる…。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「私の道」篇(1992)
セリフ
風の道を辿って、旅は始まる。
忘れていた夢に出会い、見知らぬ刻(とき)に触れる。
私の旅は、終わりのない旅かもしれない。
風の道が、私の道。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「文士」篇(1993)
セリフ
東にいれば、西へゆきたい。春が来れば、冬が恋しい。
いたずらがんこに、生きてゆく。そんな時代がありました。
誰にも似ていない、誰にも辿れない。
麦100%が私の生き方。大分むぎ焼酎、二階堂。

「風の棲む町」篇(1994)
セリフ
その呟きは、やがて街に温もりを宿し、ため息は、懐かしい時間を映し出す。
風が、描く。刻(とき)を、描く。私は、おいしい風を知っています。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「天文詩人」篇(1995)
セリフ
幾千、幾万光年の彼方から、星たちは、どんなメッセージを伝えようとしていたのだろう。
満天の星が、今宵も天文詩人たちを悩ませる。
いつも、新しい輝きと、新しい生命(いのち)。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「シネマグラス」篇(1996)
セリフ
探していた想い出に、人は、どこで追いつけるのだろう?
人はみな、帰るべき刻(とき)があり、辿りつく夢がある。
夢から覚めて、ここにいる。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「木登り」篇(1997)
セリフ
ただいま。
グラスに映るのは、本当の私です。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「刻の迷路」篇(1998)
セリフ
風追い街、誘われ道。
置き去りにされた刻(とき)の迷路で、物語は今も続いている。
私の住処(すみか)は、ここにあります。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「旅人の車窓」篇(1999)
セリフ
生まれたばかりの風が、窓から飛び込んでくる。
旅人のほろ苦い後悔は、やがて美味しい溜め息に解きほぐされていく。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「風の海峡」篇(2000)
セリフ
確かな言葉は、誰も、持っていませんでした。
海 渡る。風 渡る。
懐かしさは、不思議な力を持っています。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「雨宿り」篇(2001)
セリフ
刻(とき)の我侭に流されて、私は、記憶の海に辿りつく。
ふるさとは、私の中に流れています。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「父」篇(2002)
セリフ
私の記憶に、いつも後姿で現れる人 がいる。
あの頃、あなたが口にしなかったことばに、いつか 私は、たどり着くのだろうか…?
ずっと、麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「遠い憧れ」篇(2003)
セリフ
錆びついていた時計が、再び時を刻みはじめた。
縺(もつ)れた糸はほどけ出し、古びた迷路は、ひとすじの道になる。
麦100%は、私のふるさと。大分むぎ焼酎、二階堂。

「詩人の島」篇(2004)
セリフ
水平線をひいたのは、空があまりにも空だったから。
夜空に星をまいたのは、地球という星を忘れそうだったから。
私は、私のままでここにいる。
そして、麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「砂丘の図書館」篇(2005)
セリフ作中で朗読される詩「空のディレクターたち」全文
「夢を持て」と励まされ、「夢を見るな」と笑われる。
ふくらんで、やぶれて、近づいて、遠ざかって…。
今日も、夢の中で目を覚ます。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。
ピュウ ピュウルル〜
いつまでも いつまでも
風は 吹き続けるのでした。

橡の実を運んできた 西の風も
ガラスの絨毯を広げた 東の風も
《風の操縦士》たちの手によって
それは見事に 鮮やかに
幾度も 幾度も
旋回を 続けるのでした。

ヴォン ヴォオオ〜
そして 鮮やかな茜雲が
キラキラと光り始まる時間から
せっせと 雲のグゥロウブに
柔らかい命を吹き込み続けていた
  《雲の設計士》たちは
とても疲れていて
いつしか とても とても
深い眠りに落ちて行ったのです。

「未知の力」篇(2006)
セリフ
逆らいながら、奪われて、
流されながら、見失う。
誰もが、その戸惑いの中から、学ぶのだ。
嗚呼…、本当の私に帰ってゆきます。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「文字のかけら」篇(2007)
セリフ
イエスとノー。その二つの間には、何もないのだろうか。
筆を走らせたのは、宙ぶらりんの想いでした。
想いのかけらは朽ちることなく、ざわざわと心を揺らします。
私はまっすぐ麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「消えた足跡」篇(2008)
セリフ
近道は、遠回り。
急ぐほどに、足をとられる。
始まりと終わりを直線で結べない道が、この世にはあります。
迷った道が、私の道です。
大分むぎ焼酎、二階堂。

「大地のささやき」篇(2009)
セリフ作中に登場する字幕
言葉の海から救い出した結晶は、やがて、儚く消えた。
永遠のような一瞬。音のないメロディ。
大地の記憶は、今日も、囁いてくれるだろうか。
大分むぎ焼酎、二階堂。
すると この螢石の廊下は
どうしても あの天回廊へ
続いてゐるやうに
思へてならないのです。

ブリーモフの瞳の中には
輝安鑛のやうな鈍い火が
しづかに しづかに
燃えてゐるのでした。

「空に憧れた日々」篇(2010)
セリフ
今でも、空に憧れた日々を思い出す。
教科書も、地図も、とうに失ってしまった。
僕の一日が、僕の一生が、空っぽでありませんように。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「黄昏の想い出」篇(2011)
セリフ
あの頃の私に出会えたら、どんな言葉をかけよう。
深呼吸して、前を向く。
降り積もった日々が、私の背中を、強く押します。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「ふりかえると明日(あした)」篇(2011)
セリフ
思えば、守れない約束ばかりだった。
会いたい人と会えない人、風の便りは、いつも風向き次第。
どうか、タイムマシンが、発明されませんように。
目を閉じるだけで、十分です。
私は麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「昭和の母」篇(2012)
セリフ
手触りも、温もりも、今では失われたパズルのかけらのよう。
未来と引き換えに、奪われてしまった。
雨曝しの記憶の中で、鮮やかに甦る人がいます。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「心を刻む線」篇(2013)
セリフ
泣いた、笑った、名もなき日々。
ため息を知らない私が、そこにはいました。
楽しかった想い出が、今では頬を伝います。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「心をつなぐ-春夏-」篇(2014)
セリフ
昔、憧れた大人は、いつも映画と小説の中にいた。
精悍な顔つき。少しキザな台詞。たまに見せる子どものような無邪気さ。
今日も、あの頃のように、古い映画の話でもしながら盛り上がろうか。
飲みたい人は、会いたい人です。
大分むぎ焼酎、二階堂。

「心をつなぐ-秋冬-」篇(2014)
セリフ
遠足の日より、前の日の夜が好きでした。
わくわくとうきうきを、リュックに詰めたり、ひっくり返したりして。
先にある楽しみを想像すると、思わず、嬉しくなってくる。
私は昔からそうでした。
今日も、楽しく呑めそうです。
飲みたい人、それは、会いたい人です。
大分むぎ焼酎、二階堂。

「夢で逢いましょう」篇(2014)
セリフ
あの日から遠ざかるほど、あなたに逢いたくなる。
いくつもの色が重なり合い、やがてモノクロームになった日。
甘く、ほろ苦い・・・。
すべてが刻まれた場所を、教えてほしい。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「孤独の風」篇(2015)
セリフ
なぜ、この道を歩いて来たのか・・・
目を閉じて、見つめる。
立ち止まったまま、遠くへ旅立つ。
誰かのためではなく、自分のためでもなく・・・
何かひとつ、あなたの心に残したい。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

「還っていく夢」篇(2016)
セリフ
揺れている小さな影は、もう1人の私だ。
夢に気づいたのは、メトロノームが止まった瞬間。
錆びた線路は、あの日に続いているだろうか...。
麦100%。大分むぎ焼酎、二階堂。

トップページへ戻る


管理者へメールを送信