[はじめに]

2020年、「ブックカバーチャレンジ」というのが、はやったことがあった。
毎日、好きな本について書評を書き、合計7冊(7日間)やるというものだ。
私はそのとき、やってみようと思い立ちそして実際にやったのだったが、ひとひねりしてみようと思い、野球の打線方式で書評を書いたのだった。
いつの頃からか、「○○で打線組んでみた」というのをそこここで見かけるようになったこともあり。

あれから年月が経ち、ふと思った。
打線を組むという言葉はよくあるけど、そこに、打線にリアリティを加えるというか、打線であるがゆえの面白さを感じさせるような「小道具」があると、いいかもしれない、と。

いろいろ凝ろうとすると無限にできてしまうので、今回は、しばりを設けた。
打線を組むものは、書籍程度の大きさの物体を対象とする。
あと、カラープリンタがあればできる小道具とする。


[小道具の構想]

打線にリアリティを加えるとか、打線であるがゆえの面白さを感じさせるって、どういうことだろうか?
以下の要求A,B,Cに応えればよいのかもしれない。

要求A要求B要求C
9人の野球選手を感じさせることさあこのバッターがでてきたぞ、というワクワク感、盛り上がり そして次がこのバッターだ、という期待感
A,B,Cを満たすために、手段を考えてみた。

【Aを満たすための手段】:打順表。
たとえ本当の野球選手ではなくても、印刷された打順表フォーマットに手書きすれば、9人の野球選手を感じさせるのではなかろうか。
監督になった気分で、打順表を書いていく行為もまた、面白そうだ。

→ ということで小道具1は打順表でいこう。
さあ、次は要求BとCだが、同時に満たせるかも、と思いついたのだった。

【B,Cを満たすための手段】:バッターボックスとネクストバッターズサークル。
本が乗せられるくらいの大きさで、両者をセットで配置してみよう。B,C両方の実現を狙う。

→ よし、小道具2はバッターボックスとネクストバッターズサークルのセットだ。
これで要求A,B,Cを満たすけど、何かもうひとつくらい無いだろうか。
小道具1,2まで作ったから、もうひとおし、あと1個、欲しい。(三種の神器?)

【Bを満たすための手段】:バッターが出てくるときの名前の読み上げ。
名前を読み上げることで、ワクワク感、盛り上がりが増すのではなかろうか。
名前をどうやって読み上げるか。ウグイス嬢の声がいいかなと当初思ったものの、やはりプリンタで実現できる手段として、漫画の吹き出しがよいと考えた。

→ よし、小道具3は、漫画吹き出し風のバッター名前読み上げだ。

この小道具1,2,3を3点セットとして、打線を感じさせる小道具セットとしよう。


[小道具その1,2,3 完成形]

できた小道具セットが、これだ!
打順表、バッターボックスとネクストバッターズサークル、漫画吹き出し風バッター名前読み上げだ。


打線を感じさせる、小道具3点セット


[小道具その1]

シンプルに、打順表に本の名前を書いていく。監督になった気分だ。
チーム名ねえ...監督なのに考えてなかった。(笑) どうしようか。ブックワームズ(Bookworms)としてみた。本の虫という意味だ。(そう言えるほどたいした読書家ではないけども)
背番号。ISBN番号の下6桁にしてみた。野球選手にしてはちょっと桁多すぎたかな。(汗)


小道具その1、打順表に手書きで打線を書いていく


打順表の手書き完了


[小道具その2]

バッターボックスとネクストバッターズサークルは、土のテクスチャのうえに、白線をひいて、A3カラープリントした。

本当は、バッターボックスとネクストバッターズサークルの距離はこんなに近くはない。こんなに近かったらスイングがネクストバッターに当たっちゃうかも、危ない。(笑)
けれども、両方ともA3の紙のうえに載せようとしたためこの距離になっている。


バッターボックスとネクストバッターズサークルだ

[小道具その3]

漫画において、アナウンスの描写をするときはこのような、8角形の吹き出しが多いようだ。
それに倣い、PowerPointで読み上げ台詞を書いた。ここから、ハサミで切り抜けばよい。


漫画吹き出し風バッター名前読み上げ


[本で打線組んでみた]

さあ、この小道具3点セットに従って、「本で打線組んでみた」をやってみよう。
監督として、打順と守備位置の理由もきちんと書いたぞ。(笑)



さあ、ブックワームズの、スターティングラインナップを紹介しましょう。
一番、右翼手、ガダラの豚(中島らも著)です。右バッターボックスに入りました。

【書評】
いやあ、エンタメ小説の金字塔! これほどまでに「次が気になる」「ワクワクドキドキさせてくれる」本は、稀有です。詐欺師との対決(トリックあばき)から始まって、冒険の舞台はなんとアフリカへ。血湧き肉躍る冒険の中で、家族の絆は徐々に回復され、そして最後から数ページ前の「大魔王?との最終決戦」はあたかも映画を観ているかのようです。
どんな困難が襲いかかろうとも、家族の絆で乗り越える!! とにかく元気が出る本です!!

【打順と守備位置の理由】
とにかく、あまりに引き込まれて、あっという間に読めてしまう本だ。チーム1の俊足。これを活かすとなるとやはり外野手、打順はもちろん1番だろう。




二番、中堅手、フェルマーの最終定理(サイモン・シン著)です。左のバッターボックスに入ります。

【書評】
300年以上証明できなかった、数学の未解決問題に挑む!果たして結果は...?という本です。

かつて大数学者フェルマーが走り書きした、「こういう式が成り立つことは(俺は)わかってるんだけど、スペース足りないから証明は省略ね」という文言。そしてそこから300年以上、名だたる数学者たちが証明に挑むも、跳ね返されてきたのです。いやあ、もどかしい、むかつくくらいもどかしいね。(笑) そしてフェルマーさんどれだけすごいんだよと。
アンドリュー・ワイルズさん(1953-, イングランドの数学者)は、少年時代にこれを知って、強く決意したのです。「300年以上も、謎のままなんて!! いつかこれを証明するぞ!!」 そして大人になってもワイルズさんは、ひたむきに追いかけ続けた。その挑戦の人生から感じるものを、サイエンスとは対局のように思える「ロマン」という言葉で表現したくなります。

好奇心、そして挑戦することの、尊さ、美しさ、偉大さを、改めて感じさせてくれます。

【打順と守備位置の理由】
主人公の粘り強さに、ただただ圧倒される。この粘り強さというところから打順は2番。同様に俊足なので中堅手を任せたい。




さあ、ここからクリーンナップ。三番、一塁手、カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー著)です。左のバッターボックス。

【書評】
もはや、「人間がなしうる想像力と構成力の最高峰」と思います。
推理小説でもあり、裁判小説でもあり、恋愛小説でもあり、宗教小説でもあり、「犯罪にかりたてたものは何か」を浮き彫りにする一種の社会派ドラマでもある。ごった混ぜのようでいながら、ひとつの物語になっています。細かな伏線もきっちり回収されます。
カラマーゾフ3兄弟の父親を殺した真犯人は...!! ラスト数ページで、救いはあるか...!? これはここでは述べられませんので是非お読みいただければ幸いです。
そういえば、カラマーゾフのだんご三兄弟というのを作った人がいますが(笑)、それはまた別の話。

【打順と守備位置の理由】
どっしり、読み応え十分。打率も長打力も兼ね備えた、大柄な選手ではなかろうか。個人的には、阪神ファンにとっての「最高神」ランディ・バースが思い浮かぶ。ということでポジションと打順は決まり。




四番に入りますのは、三塁手、銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイヤモンド著)です。左のバッターボックスです。

【書評】
テーマは、現代の「持てる国(征服者)と持たざる国(被征服者)、なぜこんなにも格差がうまれたのか?です。
著者ジャレド・ダイヤモンドさんは、漢字一文字で表せるシンプルな答えを提起しています。それが何かは、是非読んで確かめていただきたいです!(笑)

答えは漢字一文字なのですが、答えにいきつくまでの過程が、半端無く、広くて深いです。脱帽です。言語学、動物学、病理学、生物科学、あまり触れられてこなかった地域の歴史(離島など)、発明、極めて多岐に渡ります。「必要は発明の母というが実際はその逆が多いのだ、発明こそ必要の母」のくだりには思わず膝を打ちました。あと、「アフリカでシマウマが家畜化できなかったのは、シマウマが極めて獰猛かつ投げ縄で捕まえられないから」というトリビアも初めて知りました。投げ縄をかけようとしてもサッと頭を下げてよけてしまうらしい!!(想像してちょっと笑っちゃった)

そういえばジャレド・ダイヤモンドさん、なにかのインタビューでおっしゃっていました:「私の人生、(研究が書物として結実した)70歳がピーク!」かっこいいですね。

【打順と守備位置の理由】
これも読み応え十分。ピューリツァー賞も受賞し、現代の人たちに幅広く受け入れられた本ということで、4番三塁手という大役を任せたい。




五番は、性の進化論(クリストファー・ライアン、カシルダ・ジェタ共著)。右のバッターボックスです。二塁手を務めます。

【書評】
タイトル、カバー写真、そして副題がとても刺激の強いものですが、大変に深遠な科学書です。
まず、「人間なんて所詮は動物だよ! 本質は多夫多妻なのさ」という、極めて挑戦的な主題を提起しています。たしかにそうと思わせるような膨大なエビデンスが紹介されています。うなってしまう...。
そして、女性の性が男性側都合によって徹底的にタブーとされ抑圧されてきたこと、農耕の開始こそが人類にとって災厄そのものであった(!!)ことが、壮絶に語られます。人間ってやつは、本質は変えられないのに、農耕・人口密集・大量生産大量消費の社会を突き進み続けてしまい、もう後戻りできない...。
人間の本質の底知れぬ暗い底をのぞきこんだかのようになり、思わず背筋が寒くなる...けど気になって読み進めちゃうという一冊です。

【打順と守備位置の理由】
異色作であり4番打者向きでは無いかもしれないが、実力は本物。クリーンナップは堅い。守備も器用そうなので二塁手。




六番です、左のバッターボックスに入りますのは豊饒の海(三島由紀夫著)、左翼手です。

【書評】
生まれ変わり続ける主人公、社会の荒波の中で年をとり続けるもう一人の主人公、ふたりが出会い続け別れ続けるという大河小説です。
いやはや、スケールが大きい。美への、若さへの、純粋への、こだわりがもうぶっ飛びすぎです。(笑) 三島由紀夫が集大成としてすべてを注ぎ込んだのでしょう。「こういう世界もあるんだなあ、あったら美しいだろうなぁ」と引き込まれてしまうのです。
結局、主人公の最後の生まれ変わりについての真偽がわからないことと、ラストシーンで狐につままれた気分にさせられる、この2つを挙げる人が多い気がします。だけど何だか許せちゃいます。(笑) ネタバレはやはり避けたいのでこのあたりで説明を終えておきます...。

【打順と守備位置の理由】
これも異色作。というか三島由紀夫という人自体が極めて異彩を放つ人だ。あえてクリーンナップではなく6番とし、勝負どころで豪快な本塁打を期待しよう。守備は俊足を考えて左翼手。

ここで、7番、を読み上げようとして気づいた。
これを書いている時点で、「七番、遊撃手、ウィンブルドン(ラッセル・ブラッドン著)」を、友達に貸し出してしまっている! 他チームにレンタル移籍中だ(笑)! こりゃあ困ったぞ、打席に立てない!
よーし、ここは代打だ。代打に出てくるのは...



七番、遊撃手、ウィンブルドンに代わりまして、代打。横浜大戦争(蜂須賀敬明著)

【書評】
まさしく「大真面目な破茶滅茶」です。一気に読めてしまいます。惜しむらくは、横浜の地理・歴史をある程度知っている必要があることです。まぁそうはいっても、それほど高いレベルが要求されるわけでもなく、知らなくても楽しめます。読むことで横浜市の地理歴史が自然と身についた、横浜のこの区にいってみたくなった...という楽しみかたもできそうです

横浜市の18区ひとつひとつに「ヌシ」の神がいて、ひょんなことから横浜一の神を決めることになりバトルロイヤルをする...という奇想天外な物語です。それぞれの神が神器(≒必殺技)を持っていて、戦うさまはさながら「ジョジョの奇妙な冒険」を思わせ、迫力満点です。
これだけなら冒険ファンタジー小説ですが、それにとどまらない。神々なのに、人並み以上に悩み、苦しみ、葛藤するのです。(笑) 区同士で親子だったり兄弟だったりするのですが(歴史上の分区の時期やどこからどう分区したかに忠実に基づく)、家族とは何か、成長とは何か、憎しみとは何か、困難にどう立ち向かい乗り越えるか、こうした事々が、人間以上に人間臭い神々のぶつかり合いの中で熱く描かれるのです。

個人的には、結局18区の中で最後に勝った神の象徴的な「勝ち方」、そしてそこここに鏤められた「横浜市民が思わず笑うだろう小ネタ」が、強く印象に残りました。


以下は、本来七番打者として出場予定だった、ウィンブルドン(ラッセル・ブラッドン著)の書評および打順守備位置理由です:

なんて爽快!! そう、名前のとおり、テニスの物語なのです。
主人公であるテニスのトッププレーヤー2人の、純粋無垢な友情が、まさしく「熱男」です。相手を蹴落とすみたいなギスギスとか、損得勘定とか、祖国のイデオロギー東西なんて、全く無縁。若いなぁ、さわやかだなぁ。羨ましい。(笑) しかし、そんな2人を引き裂かんとするように、前代未聞の大規模なテロが襲いかかります。果たして、主人公のとった行動とは…?
サスペンスではあるのですが、テニスのルールをうまく利用したサスペンスになっており、「なるほどそうきたか」と思わせてくれます。そして、思わせてくれてからの、息を呑むような緊迫したテニスの試合の描写が、激しくも美しい。ラストシーンも納得。スポーツとサスペンスをうまく織り交ぜた、異彩を放つ傑作です。勝ったのは、どっちだ⁈

【打順と守備位置の理由】
ウィンブルドンの主人公は、とても明るく、そして器用さを持つ人だ。内野の要である遊撃手が適任だろう。打線は下位でも、粘り強さを見せてくれそうだ。




八番、捕手、ジェノサイド(高野和明著)です。右のバッターボックスに入ります。

【書評】
エンタメ小説とみなすには、極めてシリアスです。(まずはタイトルがそう) 人類の現在と未来について悲観的なようですが、救いの光も決して忘れてはいない。人間、捨てたものじゃない、そう思わせてくれる傑作です。
著者は映画畑のかただそうで、なるほど展開がテンポよく、脚本ライクに登場人物の緊迫したやりとりが聴こえてくるかのようです。新人類(ミュータント)をはじめ、一見設定がぶっ飛んだようでいながら、極めて精緻な取材・調査のもとに書かれたゆえに、リアリティがあります。別々の国で苦しい状況におかれた2人の別々の冒険が、読み進めていく過程でひとつになり、なるほどこう繋がっているのか!!と驚かせる。手に汗握ってドンドン読み進めてしまいます。
終盤、主人公が大切な人たちの命を懸けてアフリカ大陸を脱出する章は、「出アフリカ」と名付けられています。人類生誕とかけているその意味を、是非本作をお読みになって、感じていただければ幸いです。

【打順と守備位置の理由】
重たいテーマなのに、気がつくと引き込まれる、意外性がある。下位打線で相手が油断したところで手痛い一発をお見舞いする、いわゆる「恐怖の8番」だ。重たいテーマは、どっしり構えるチームの司令塔を想起させるので、ポジションは捕手がいい。




そしてラストバッターです。九番、投手、雪のひとひら(ポール・ギャリコ著)です。

【書評】
人の一生を雪のひとひらに喩えた小説…いや、詩というべきでしょうか? 9人(冊)のうち最も、「読んでみて味わってほしい」作品です。とても短い作品です。是非お試しいただきたい。ネタバレは避けたいのですが、ひとつだけ言うとしたら、最後のワンフレーズが、なんと美しいことでしょう。それくらいかな。

【打順と守備位置の理由】
身体は細いけど、気は強い。ポジションなら、メンタルの強さが大切な、投手がぴったりだ。「ドカベン」に出てくる、里中智みたいな感じではなかろうか。投手ながら打撃センスも実はすごくあり、9番を務めることで次の1番に繋げる役割を担ってもらおう。


ナイン全員の紹介を終えて、みんな勢揃いです。校歌斉唱のシーンみたいだな。


[さいごに]

本で「打線を組む」際の、小道具を作ってみた。
正直いってローテクだけど(笑)、ナインの顔ぶれを感じて「さあこれが出てきたぞ、そして次はこれが待っているぞ」という楽しみ方が、インドアで手軽にできるようになったのではなかろうか?!
今回は本でやったけど、本に限らない。本くらいの大きさであればなんでも、「○○で打線組んでみた」の楽しさがインドアで手軽にアップするのではと信じている。
ここまで、私の超個人的な書評を含め、読んでくださったみなさま、ありがとうございます。
打順表
バッターボックス画像(A3印刷)
吹き出し(PowerPointファイル)

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